コラム

楠正成の遺言

楠正成の遺言

「太平記」におおける、「桜井の別れ」 楠正成(42、3才)が息子の正行(まさつら)(11才)に、後事を託して故郷に返す、涙の名場面です。


今の言葉で簡単に言えば
桜井の駅で、最後の別れとなるので、父正成は「正行よ、お前を河内へ帰そうと思う」
正行は驚いて、「どうして私を都へもお連れにならず、河内へ帰されるのですか。幼い身ではありますが、敵の手にかかって討ち死にしたいと思っているのに、父が迷われるとも思えません」
正成は涙をこらえて、「まことにその考えももっともである。しかしお前を連れて都へ上って、戦いに負けて親子ともに討たれるよりは、私が討たれた後、お前を大将として、一族とともに力を合わせ、敵を攻めて、朝敵を滅ぼし、天下を平定したならば、正成の忠義の功績にも勝るであろう」
と言って、形見としてと、黄金づくりの短刀を与えた。

ここで言っているのは、
「帝への忠義を言いながら、本心としては息子に生き延びて欲しい。母の事も頼みたい。自分の言葉を妻や一族の人々にも伝えて欲しい」
ということではないでしょうか。そして、形見として太刀を与えたのでしょう。

正行は、父の13回忌を終えると挙兵(22才~25才の説)。
快進撃を続けますが高師直の大軍に負けて最期を迎えます。

楠親子の真っすぐな生き方は、室町時代でも現代でも、簡単に出来る事ではありません。
正成は生き方を正行に遺言し、正行はそれをその生き方を相続したのではないでしょうか。