コラム

秀吉の遺言状



豊臣秀吉の遺言は3つあるそうです。

1つめは

「豊臣秀吉遺言覚書」(「早稲田大学図書館所蔵文書」)

①5大老は、秀吉の遺言を守り、互いに婚姻関係を結ぶことで紐帯を強めること。

②家康は3年間在京し、所用のある時は秀忠を京都に呼ぶこと。

③家康を伏見城の留守居とし、五奉行のうち前田玄以・長束正家を筆頭に、もう1人を伏見に置くこと。

④五奉行の残り2人は、大坂城の留守居を勤めること。

⑤秀頼が大坂城入城後は、武家衆の妻子も大坂に移ること。

2つめは

遺言の覚書(「浅野家文書」)

宇喜多秀家へ秀頼を守り立てるよう強く要望。


 3つめは

(「毛利家文書」)

五大老に対し、秀頼が一人前に成人するまで支えて欲しいと懇願。

五奉行たちにも、同じことを記しています。


ここまで遺言書を書いても豊臣家は滅ぼされてしまいました。



徳川は御三家と譜代大名で幕府を固め、

家康が生前のうちに将軍職を秀忠に譲り渡しました。

2代目に引き継ぐには血族と忠義の厚い臣下が必要です。

豊臣家は弟の秀長、養子の秀次、盟友の前田利家を失っていました。

石田三成と加藤清正、福島正則は犬猿の間柄でしたので

幕府を作っても長続きは難しかったのではないでしょうか。

もしも秀頼が大阪城を退去して、九州や東北に転封していたら

小大名として明治まで残れたかもしれません。

いずれにしても、世代交代は自分が元気なうちに

準備しておくのが肝要です。

まして、子どもに会社を継がせるなら、もっと多くの準備が必要ということがわかります。